匠町【たくみちょう】

『旧御用邸』が 栃木県の都市計画改修事業として『日光田母澤御用邸記念公園』に整備し、補助事業で整備される
1969年住居表示を行われ、板挽町と大工町を 癈して匠町、中本町・下本町・袋町・四軒町を合わせて本町とした碑
虚空蔵菩薩を祀っていたが、明治2年(1869)の神仏分離令 により、「磐裂神社」と改め、磐裂の神と根裂の神を祀っている
石升
湧水を水源とし、自然石をくり抜いた升を石管で 繋いだ大正時代の水道で、碑文には、大正天皇御即位記念水道とある
弥生祭付祭に用いられる本家体、若しくは、花家体を格納するためのもので、平成18年(2006)に落成する
凡そ340年前この辺りに住み社寺殿堂の営繕をした六職人の大工棟梁鈴木弥次右衛門ら、十数名が向山に祀った古祠
この浄光寺は、還源山妙覚院浄光寺といい、天台宗の古刹です
明治26年(1893)10月に建設された日光発電所は、東京電力として現存する最初の発電所
聖徳太子が諸国の名工を集め、技術の粋を尽くした法隆寺を建立したことにあやかり、技術の向上を願い祀られている
【衣でも しぶきにぬれて 大谷川 月夜涼しく 岸づたいせり】と詠われています
憾満ヶ淵は、不動明王が出現する地であるとの伝説を持っていたり、いろいろなことがあったので、ここを統括した寺である
日光八景の一つ、特に、「驟雨の憾満」と云われて、雨が降ると奇岩や巨岩が濡れて、その美しさを倍加するは有名
憾満が淵と比べると見劣りするが、淵という名が付くだけあって、景勝地ではある
銭沢のほとりにあるので、この名をもつ。火防の神として信仰された
寛政2年の記録には「狐山稲荷神社」と明記、その後には「燈火稲荷神社」と書かれている。真っ赤な鳥居が立ち並ぶ山道の先に「十日稲荷神社」がある
この糠塚は、別名「宝塚」とも呼ばれ、朝日姫が陸奥の国の長者の娘だったことから、姫の亡骸と共にたくさんの金銀財宝を副葬したと伝えられる
昔の人は、風流な、いや、粋な遊び心をもって暮らしていたものだ。
もう一方は、父母への「孝」、社会への「報恩」のこころの成す技であろうか。

〒321-1433 栃木県日光市匠町


匠町

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