④延命地蔵尊

右前方からの延命地蔵尊
延命地蔵尊境内に多数ある地蔵中の二体
延命地蔵尊正面(碑には、【延命地蔵大士】とある)
 湯の湖畔に勝道上人が自ら刻んだという石造の地蔵尊で、延命地蔵尊という。そして、この地蔵尊は、別名犬牽き地蔵尊とも呼ばれている。いわれの詳細は、後述の「犬牽地蔵のお話」をお読みください。また、湯の湖畔からこの地に移された経緯は、中宮祠・湯元地区は、女人禁制であったため、江戸時代に上人ゆかりの現在地に移されたのである。
犬牽地蔵のお話
 延命地蔵尊は「犬牽き地蔵」とも呼ばれ、次のような話が伝えられている。
話は奈良時代にさかのぼる。勝道上人一行が男体山頂を目指す途中、 田母沢川さしかかると急流で水量も多く渡れない。思案にくれていると、雲の中から地蔵尊が現れ、「勝道よ、そなたの望みが大きいだけに苦労も多いだろう。しかし、それにくじけず勇気を出して進め」と励ました。一行はこれに力を得て、男体山登頂に成功し、湯元温泉まで発見することができた。上人は、これもみな地蔵尊のお陰と自ら石像 を刻み、湯の湖の兎島にお堂を建てお祀りした。これが「延命地蔵尊」である。
 時は流れ、室町時代。日光神領の板橋宿に、板橋将監という気の荒い領主がいた。ある日、家来を連れて奥日光に狩に来て、湯の湖畔で獲物を肴に酒宴をはじめた。酔いがまわった将監は、兎島に延命地蔵尊があるのに目をつけた。「世の人は、石でできている地蔵を仏様だと拝むが、本当に仏様なら犬より強いはずだ」と家来に命じ縄で地蔵尊と犬をつなぎ、湖に投げ込んだ。犬は必死で地蔵尊を引っ張りながら泳いで行く。将監たちは手を叩いて「やれ、地蔵が犬に引かれるぞ。やっぱり地蔵はただの石ころだ」と笑い転げた。ところがその言葉と同時に地蔵尊は湖面に立ち上がり、今度は犬を引っ張って岸に向かい滑り出した。驚いた将監は「地蔵を岸にあげるな! 突き落とせ!」と叫んだ。家来たちが岸に近付いた地蔵尊を棒きれで突き落とそうとした。その時、一転にわかにかき曇り、雷鳴天地も裂けんばかり。将監たちは体がしびれ、血を吐いて倒れ、犬ももだえ死んでしまった。近くで山仕事をしていた木こりが驚いて中禅寺にかけ下り、僧侶にこの様を告げた。僧侶たちは、すぐに湯元に行き、地蔵尊を元の堂内に安置、謝罪の読経をした。すると、空は晴れ上がり、将監たちの体も元に戻った。将監は地に伏して、これからは荒々しい行いをやめ神仏を敬うことを誓った。このことがあってから、この地蔵尊は「犬牽地蔵」と呼ばれるようになったという。
 参考文献:『もうひとつの日光を歩く』日光ふるさとボランティア編


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