日光には御用邸が3箇所あったようである。先ず、日光御用邸、東照宮別当大楽院の建物を現在の東照宮の社務所のある場所から移転し、いろいろな変遷を経て、現 在輪王寺の本坊として使用しているもの。その変遷とは、明治23年(1890)5月明治天皇の親王・内親王・皇族方の御用邸として使用を始め、昭和20年(1945)終戦とともに国有財産となり、昭和22年(1947)10月15日日光パレスホテルと改称、栃木県観光協会が管理・運営をした。
その後、昭和23年(1948)6月1日日光国立公園観光(株)が経営管理し、同ホテル内に日光博物館を併設したりしたが、昭和30年(1955)10月パレスホテルを閉鎖、建物は、二社一寺共有という形で借受けていたが、昭和38年(1963)12月16日、 払下げを受け、二社一寺の所有となったことをいう。
次に、日光田母沢御用邸、現在、栃木県が管理し、公開中。詳細は、中本町のホームページに譲る。
第三が、この地にあって現在は姿も形もなくなってしまった日光田母沢御用邸付属邸、大正5年(1916)7月19日親王・内親王・皇族方の御用邸として創建した建物で、 幼児に三笠宮様がご使用になられた純日本式の御殿である。
その変遷をご紹介し、昔 を偲ぶこととする。繰り返しになるが、大正5年(1916)7月19日親王・内親王・皇族方の御用邸として創建、昭和20年(1945)終戦とともに国有財産に、昭和23年(1948)4月5 日栃木県観光協会、同年6月1日日光国立公園観光(株)が経営管理、田母沢会館として経営を行い、修学旅行生等の宿泊に利用される。昭和31年(1956)4月には田母沢別館と改称し、昭和40年(1965)3月には土地建物ともに日光国立公園観光(株)の所有となる。昭和53年(1978)建物の老朽化が進み解体され、翌54年(1979)鉄筋コンクリート3階建のホテルに変貌、田母沢会館に、昭和62年(1987)10月日光田母沢ホテルになる。
この日光田母沢ホテルも平成18年(2006)に取り壊され、更地になっていた。ところが、現在、ホテルの建設が進んで、ほぼ出来上がった模様である。そのホテル名は、「ふふ日光」という名の高級ホテルであり、既に、ホームページは、動いている。
本日、令和2年(2020)9月23日のホームページには、≪本町の日光田母沢御用邸記念公園に隣接する田母沢御用邸付属邸跡地に建設中の高級温泉旅館「ふふ日光」の開業日が10月2日に決まった。同旅館を運営するカトープレジャーグループ(東京都)が発表し、宿泊予約の受け付けを始めた。当初は7月に開業する予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で建築資材の納期が遅れ、延期された。≫と記してあった。また、5日後の9月28日には、来賓・報道陣等をお迎えしての「内覧会」が行われたそうである。
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